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バーナード・ハワード (第12代ノーフォーク公) : ミニ英和和英辞書
バーナード・ハワード (第12代ノーフォーク公)[こう]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)
: [だい]
 (n,pref) ordinal
: [よ, しろ]
 【名詞】 1. world 2. society 3. age 4. generation 
: [こう]
  1. (n,suf) prince 2. lord 3. duke 4. public 5. daimyo 6. companion 7. subordinate

バーナード・ハワード (第12代ノーフォーク公) : ウィキペディア日本語版
バーナード・ハワード (第12代ノーフォーク公)[こう]

第12代ノーフォーク公爵、バーナード・エドワード・ハワード(、1765年11月21日1842年3月16日)は、イギリスの貴族、政治家。
== 経歴 ==
1765年11月21日、ヘンリー・ハワードとその妻ジュリアナ(旧姓モリニュー)の長男としてシェフィールドに生まれる〔DNB〕。父ヘンリーは第22代アランデル伯爵の八男バーナード・ハワード(第5代ノーフォーク公爵トマス・ハワードと第6代ノーフォーク公爵ヘンリー・ハワードの弟)の孫にあたるが、破産しかけたワイン商であり、しばしば本家の公爵家に資金援助を仰いでいる人物だった〔海保(1999) p.165/173〕。
1799年王立協会フェロー(FRS)、1812年ロンドン考古協会フェロー(FSA)となる〔。
1815年12月16日、三従兄弟にあたる第11代ノーフォーク公爵チャールズ・ハワードが嫡出子の男子なく死去したため、彼が第12代ノーフォーク公爵位を継承することになった〔。プロテスタントに改宗した11代公爵と異なり、彼はカトリックであったが、1824年制定の議会法によりカトリックのままでも紋章院総裁としての実務が取れるようになった。ついで1829年にはにより、カトリックに議員資格が認められ、彼も貴族院議員に列した〔〔森(1987) p.43-44/49〕。
1830年には枢密顧問官(PC)に列した。1834年にはガーター勲章勲章士(KG)を受けた〔。
1842年3月19日ロンドン・・で死去し、アランデルに葬られた〔。爵位は長男ヘンリーが継承した。


抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「バーナード・ハワード (第12代ノーフォーク公)」の詳細全文を読む




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